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劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデンを観るならテレビ版を見てからの方が絶対にいい

※この記事は劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデンのネタバレを含みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月20日、劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデンを観てきた。

テレビアニメ版のヴァイオレット・エヴァーガーデンは未視聴である。というのも、本当はFate Heaven's Feel Ⅲ章の2回目を見る予定だったのだが、満席で諦めて急遽こちらにしたのだ。「前情報がなくても楽しめる」というネットの記事を頼りに…

 

結論から言うと、ヴァイオレットにしてよかった。

 

ただ、TV版は絶対に観てからの方がいいと、すぐに思い知らさせた。

(話は理解できるようにできているが、テレビ版を観ていたら受け取れる感動のレベルがおそらく全然違う。当たり前だが)

 

泣けるというのは聞いていたが、実際観てる間、基本的にずっと泣いてた。涙が止まらないシーンもあれば、なんかジワっときてツーンとしてるときもあったりと、メリハリをつけながらも常に泣いていたように思う。鑑賞を終わって席を立ったときはマスクがびちゃびちゃだった。

 

この映画は、観て泣く人と泣かない人がいると思う。

共感できる人は泣くし、できない人は泣かずにちょっとしたやりすぎ感を感じるのではないか。人が死んじゃう系の映画は共感して泣く人が多いと思うが、劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデンでは、人が死んで泣くし、生き返って泣く。

 

そう、生き返る。

死んだと思っていた人、二度と会えないと思っていた人と再会して、想いを伝える話だった。

 

テレビ版を観ていない影響がここでも出るのだが、私はギルベルト少佐は「死んだ」と思って観ていた。だがそうではなく、「行方不明(生死不明)」だった。

ヴァイオレットが少佐を「死んだ」と思っていたわけではないということは、途中から物語の中で察したのだが(ギルベルトの手紙のことを社長から聞くまでは完全に諦めていたようにも見えた。テレビ版で描かれる?)、それを知った上で「死んだと思っていた人に再会できた、あいしてる、を伝えることができた」という幸福の感情が共感として私に伝わってきた。

「行方不明の人に再会できた」と「死んだと思っていた人が生きていた」では、どちらも幸福だとしても、心の準備というか、インパクトも生まれる感情の大きさも全然違う。

 

 

こんな本筋と関係ない話をするのは、私にも、死んでしまってもう二度と会えない大切な人、がいるからで、もしその人が生きていて再会できたなら、と頭によぎってしまった瞬間から、もうだめだった。ヴァイオレットにそれを重ねてしまい、涙が止まらなくなってしまった。

物語と関係のないところで、私の記憶から感情が生まれてしまい、その感情で頭の中が溢れた。その感情のフィルターを通して、物語をみてしまった。

人は感動するとき、自分の感情の記憶を思い出して感動するのかもしれない。その人に感動しているというよりも、共感した結果「自分の感情」として処理される。

 

「観てくれた人が胸中に優しさを抱いて頂けたなら」と、公式HPには書かれている。素敵なものを観れてよかった。不意打ちにこういう体験ができて、いい時間を過ごせたなあと思った。

 

感動した、いい話だった、という映画は山程あるが、それで終わらずに今回観てよかった、と思えたのは、ひとえにクライマックの海での再会シーンがあったから。あのシーンがあったからこそ、他の泣ける映画と違う特別さを強く感じた。

物語自体には派手さはなく、凡庸であるとすら思うが、そこは京都アニメーション。演出が素晴らしかった。

 

京都アニメーションは、キャラクターが「泣く」という演出に、やたらこだわる。

作られた映像は涙を流すことの美しさ、切なさに寄らず、あふれる感情でどうしようもなくなってしまうというリアルに寄せられる。

京アニは手とか足を映してキャラクターの感情を間接的に表現する技をよく使うが、「泣く」の表現になると、表情、声、体の動き、奥ゆかしさなんて微塵もないド直球で来る。

 

きれいな人形(ドール)として描かれるヴァイオレットが、溢れる感情でどうしようもなくなって、涙でぐしゃぐしゃになって、アップで鼻水まで描写される。

再会を綺麗に描こう、ではなくて、もうどうしようもないくらいの幸福でいっぱいになってしまった人の感情を描こう、というのが伝わってきた。

嗚咽で、喋れない。ずっと言いたかったことがあって、手紙にも書いて、会ったら一発殴ってやろうとも思っていた相手と会ったのに、喉から出るのは嗚咽ばかりで、何も喋れない。

そんな嗚咽で声が詰まってセリフがないシーンが、数十秒ずっと続くのだ。BGMもなく無音だった(気がする)

すげえ…と思ってしまった。物語に没頭しながらも、一歩引いた感情でこの映画はすごい、と思った。

 

死んでしまってもう二度と会えない大切な人ともし会えたなら、自分は何を伝えるだろうと考えて、想像してみたら目の前の嗚咽で何も言えない少女と自分が重なる。おそらく自分もああなるのだろうと確信した。

 

自分の中の記憶が感情にブーストをかけていたので「泣く」シーンの感想にフォーカスしているが、手紙を通じて温かさを知る、という物語自体も素敵だなと思った。

 

アニメやドラマの泣くシーンは物足りない、とずっと思っていたが、満足のできる作品に出会えた。

 

泣けたらいいなと思って観た映画で思い切り泣いて、温かい気持ちを思い出させてくれた。

 

劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン、300万点。